
その半月前に誘われて、「地球環境国際議員連盟(略称グローブ)」の第三回総会に出た堂本さんは、どの作業部会に属すかと開かれて、しばらく考える。「地球温暖化、有害廃棄物、森林」、その他、その他。その中に「一つだけ英語の意味がわからない」のがあった。「バイオダイバーシティ」である。
それが、「こどもの頃にからだで感じていた自然からくり、つまり、物質循環だとか、食物連鎖という形で、網の目のように織りなしている生態系の秩序のことだとわかって、迷うことなく〈私は生物多様性の作業部会に入りたいわ。是非入れてください〉と頼んだ。これが最初の出会いであった」。1990年11月、ワンノトンでのことである。
それから現在まで、参議院で質問し、役所を駆けずり回り、問題のある各地へ精力的に出かけ、そして国際的に活動する。この努力の記録を中心に、生物多様性の重要性を、ぜひ広く一般の人に判って貰いたいと願う著者の熱気が、ひしひしと伝わってくる。
ちょうど1年前の今日9月5日から5日間、パリのユネスコ本部で、生物多様性フォーラムが開かれていた。国際生物科学連合副総裁の岡田節人さんなどとともに、私も出席して、「共生生物圏」の名で先に提案した「関係の多様性」研究をさらにアッピールし、また、西太平洋・アジア地域の共同研究ネットワークを発足させたりしたが、このとき、先に環境庁長官をつとめた広中和歌子さんの講演が、評判になった。
グローブに堂本さんを誘ったのはこの人だそうだが、とにかく日本の政治家も、ようやく地球環境問題、それも生物多様性の問題に、本気で動くようになったのかと、賞賛の現われでもあった。ちなみにこの2人は、グローブ=ジャパンのこの2期の総裁でもある。
だが問題は、あらゆるところにある。例えば、世界的な貴重種であるイリオモテヤマネコを救おうと、堂本さんは奔走する。だが担当官は、「それを守るためにはわが国の法体系を根底から覆えさねばできません」と拒否したという。アマミノクロウサギの調査予算は、この人が参議院で質問してからしぱらく後も、1年3万円だったらしい。
1993年にスイスで開かれた国際フォーラムでも、例えぱ遺伝子質源の「知的所有権」について、「どうして人間が生きものにパテントをつけることができるのか」という意見に、いわゆる先進国の人々は、環境問題に強い関心を持つ人たちでさえ、理解を示せない状況だったという。だがその後、「特許の対象にならないような多様な知識や価値」を認め、さらには「自然と共生する思想と現実の生活を持つ」人々に学ぶことの重要性は、少しずつ、ほんの少しずつながら、世界中で理解が広まっている。
6月から8月まで私は、中国・ヨーロッパ・プラジル・南太平洋諸島を生物多様性の問題で回ってきた。そのあとだけに、堂本さんのこの本での主張は、特に良くわかる。そしてこれに並んで、生物多様性の持つ本当の意味を分かりやすく書いた、生物学からの本がまだ殆どないのは、明らかに私たち「専門家」の怠慢だと恥じている。
(かわなべ・ひろや=京大生態学研究センター長・教授)
(産経新聞・1995年9月5日)