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環境政策を動かすのは 民主主義によって選ばれる政治家です


1989年にフィリピンのレイテ島を訪れたときのことです。 「日本の ODAによって立派な道ができ、地熱発電所もできました。つづいてできたのが、日本・フィリピン合弁の銅精錬工場パサールです。 しかし、私たちは喜べませんでした。排気ガスで空気は汚れ、子どもたちは咳き込み始めました。気管支炎で苦しむ子どもがふえたのです。 海も死んでしまった。強い酸性の廃棄物を工場から直接海に捨てるので、海はお酢と同じくらいのペーハーになってしまった。もちろん魚も捕れなくなりました。 椰子の葉も枯れました。」と、フィリピンのレイテ島に住む女性たちは私に訴えました。

100年前に足尾銅山で起きたのと同じことがレイテ島でおきたのです。足尾の場合も東京までデモを組織して抗議したのは女性たちでした。 帝国議会が発足した当時に、政治家になって鉱毒の被害を訴えたのは田中正造でしたが、しかし当時、田中正造は全く相手にされず、議員をやめ、農民の元へ帰って行きました。

100年後の1990年に私は予算委員会でレイテの公害について田中正造と同じような質問をしました。

「政府は日本のODAによる公害を放置してよいのか、被害を受けた人たちを救済しなくてよいのか、防止策をどうするのか」と。 時の総理大臣の答弁は、「どうしてそういうことになっていくのか調べてみます」というものでしたが、政府が対策を講じることはありませんでした。

官僚主導の日本では、政治家の力があまりにも弱いと痛感しています。自然保護についても同じです。 国の特別天然記念物に指定されているアマミノクロウサギを保全すべきだと、この3年間国会で私は主張してきました。 宮沢総理大臣は「行政的に対応する」と約束し、環境庁は2年間にわたって調査を行ないました。

それにも関わらず、鹿児島県は、近くアマミノクロウサギの生息している地域にゴルフ場の建設を許可するとのことです。 毎週のように私は文教委員会で「世界的に貴重種として評価され、国としても特別天然記念物に指定しているにも関わらず、なぜアマミノクロウサギが保全できないのか」と、 絶叫しています。それでも法律的には策がないというのが文化庁の見解です。

政治家が環境政策に対して力がないということは、民主主義が機能していないとしかいいようがありません。 今、私が心に決めているのは、この状況を変革するために全力投球しつづけることです。 それは全ての有権者が、誰を国会に送り込むかにかかっているのです。 官僚制度を越えて、政治が環境を保全する力をもったときに、はじめて国内はもちろんのこと、アジアそして世界に対して日本は環境の領域で第一線にたてると思います。 政治家の責任は限りなく重いのです。

                                                     

(初出/1996年)

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