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山から失われる生き物たちのにぎわい


日本の山は美しい。新緑に萌える春、太陽の日差しがまぶしい夏、紅葉が燃える秋、白く雪化粧する冬と、四季の変化に富んでいる。山からの湧き水や雪解け水を集めた谷川が山を下り、川になって田畑を潤し、街を流れて海に注ぐ。

私は深い山奥の沢歩きが好きだった。北アルプスの黒部源流、朝日岳から真南に向かって流れる八久和川の源流、利根川源流、北海道は日高連峰の中央部から流れ出る札内川源流と、夏はもっぱら早い瀬やトロなど変化に富んだ渓流の景観と涼を楽しんだ。

以来わずか20~30年の間に、至る所で谷川の水が減り始め、清流がときには濁流となり、鉄砲水となって岸をみにくく削り、神秘的ですらあった渓流はその姿を変えつつある。多くの場合、直接の原因は森林の伐採、稜線を切り開く大規模林道工事、砂防ダムや護岸工事などによるものである。ヘリコプターから見ると、稜線に沿って開かれた大規模林道や砂防ダム、ゴルフ場、スキー場などが、まるで緑の山肌を刃物でえぐった傷のようで痛々しい。

水が枯れるばかりではない。いつの間にか、鳥や獣たち、昆虫や高山植物も滅ってきている。山村に住むお年寄りたちは「昔は木の種類が多様だったので、秋になると紅葉で山が燃えるように色づいた。杉の植林が進んでから景色が単調になった。鳥の声も聞けないし、ウサギやキツネまでいなくなって淋しい」という。緑は繁っていても、山から植物や動物など、生物の多様性が失われている。

しかし、この状況は日本だけの問題ではなく、地球規模でも生物の多様性は減少の一途をたどっている。

ノーマン・マイヤーズはその著書『沈みゆく方舟』で、恐竜時代には約1000年に1種、20世紀前半は毎年約1種の割合で生物種は絶滅しているが、1975年頃には毎年約1000種が絶滅し、今世紀最後の25年間に100万種、平均して毎年4万種が絶滅すると推定している。その規模と速さは6500万年前に恐竜が絶滅した時よりも、はるかに大きい。

こうしたなかで、1992年の「地球サミット」で生物種の絶滅をくい止めることを目的とした「生物多様性条約」が採択された。そもそも「生物多様性」は、従来の「自然保護」の考え方と違って、数だけを問題にする静的な概念ではない。 刻一刻と生まれ、育ち、動き、死ぬ生物は、相互に依存し、作用し合い、水や栄養の循環、土壌の生成、エネルギーの流れといった循環の機能を果たしている。つまり、生物多様性とは地球の表面を覆っている生態系の動的な機能、時間の経過、人間の生活や文化、さらに開発などの社会的要因をも視野に入れた、包括的な概念なのである。

わが国は1993年に条約を批准しているが、この条約は生物の遺伝子、生物種、さらに湿地、湖、森林、草原、海岸、海などの生態系と、3つのレベルで多様性を保全することを決めている。問題は自然保護の法律があまりにも弱く、規制の効果がない点である。

例えば、大規模林道や高速道路、ダム建設のためには土地の強制収用の制度があるが、絶滅危惧種に指定されている動植物が生息していても、その地域を保護地区として強制的に指定するシステムはない。絶滅に瀕した生物種を保護する「種の保存法」にしても河川法や農地改良法、道路法など、開発を目的とする法律が優先するので、反対運動が盛り上がりを見せても、結局は工事が始められてしまうケースがほとんどである。

その大規模林道やダムが住民の生活に必要不可欠であるのならまだしも、なぜそこに路線を開くのか、なぜダムが必要なのか、納得のいかない例も少なくない。例えば、山形県の朝日連峰の標高400メートルから1200メートルの稜線に沿って、森林開発公団が建設を進めている「大規模林道 真室川一小国線」もそのひとつである。

この路線は地質学的にも非常に危険が多いと指摘されている。しかも雪が多く半年は使えないのである。島根県の宍道湖と中海は、食糧が不足していた終戦直後に計画された干拓事業だった。ところが現在は減反政策がとられるほど、米の生産は過剰である。

昭和30年代に設計され、すでに時代遅れ、不必要になっているにもかかわらず、なぜ多額の公費を投入するのか、理解に苦しむ。しかも、今回干拓が予定されている本庄工区は、日本海から上ってくる魚の産卵場で、漁師にとってはかけがえのない水域だった。

「工事のための工事」と反対の声があがっているのは当然である。公共工事を中止しないのは、一度立案された建設計画は必ず実行に移すというのが、これまでの中央官庁の体質であったからに他ならない。今後、貴重な自然を守るためには、公共事業の見直し並びに中止を大胆に行うべきである。

太古の日本列島は森に覆われていた。ブナ林は世界でも類を見ないほど、風格があったという。ところが戦後、生産性の高い杉や桧を植林したために、ブナ林が皆伐の対象とされ、各地で生物多様性の宝庫だったブナの森とそこに生きてきた動植物が姿を消した。日本の美しい山々を次の世代に引き継ぐためには、生物多様性の視点から日本の自然を保全していくべきだと考える。そのために努力したい。

(初出/ 1996年)

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