週刊プレイボーイ
堂本暁子のパソコン通信版「永田町日記」
1995年2月7日
取材・文/渥美京子


6年前の参議院選で、当時の土井たか子社会党委員長に説得され、TBSのディレクターから政治家に転身した堂本暁子さん。

不透明な政治からの脱却を目指して昨年暮、パソコン通信で市民との対話を始めたとたん、社会党分裂の大激震が襲った。社会党を離脱した彼女が渦中で考えた「市民と歩む政治」とは……その時、永田町で何が起きたのか?いい加減うんざりしてくる。新党だの離党だの、国会議員のみなさんはなにを考えでいるのか。

テレビのスイッチをひねっても、ニュースは地震をめぐる報道のために、「社会党分裂その後」もほとんど伝わってこない。社会党の山花貞夫氏が離党届けを出そうとしたその朝、大地震があったのは天の怒りかなどと思いたくなるほど。どうして社会党を辞めるのか?どんな政治を目指すのか?毎日、なにを考え、誰と会っているのか?

聞くだけヤボか、とあきらめかけたところに面白い話が飛び込んできた。国会議員がパソコン通信を使って「永田町日記」なるものを始めたのだという。しかも、つい先日、社会党を離脱して新党さきがけに入ったばかりの参議院議員、堂本暁子さん。さっそく日記を開いてみると……。

「とにかく永田町はブラックボックスと言われがちですし、否めない部分もあります。激動する日本の政治、国会周辺の情報を硬軟とりまぜて少しずつでも広くお伝えしようという試みです」永田町日記の第1回目(12月5日)はこんな具合に始まっている。

そういう趣旨なら、こちちの疑問に答えてもらえるかも知れない。これまでに22回にわたり「日記」がアップされているが(1月19日現在)、その中から今月5日のものを開けてみる。

この日、堂本さんは社会党に会派の離脱届けを出した。「お世話になった党を去るのは心苦しいことでしたが、私としては、自分の政治信条に近い政党に移る決断をしたのてす(中略)。

久保書記長は『本来なら自分は慰留する立場なのだろうけれども、よくよく考えて決心したことでしょうから、あえて慰留はしません。頑張ってください』と暖かい言葉をかけてくれたので、私の自は涙で一杯になってしまいました」そして翌6日の日記。この日、朝刊各紙に「堂本議員、社会党離脱、さきがけへ」という記事が載る。社会党を辞める理由がわかりにくい。

そんな問いに答えて、「比例区の立候補は党員に限る」と社会党は決め(中略)……。いま非常に方向性が不明確な社会党に入党する決心がどうしてもつかなかったことが大きな理由なのです」(堂本さんは社会党員ではなかった)

確かに、それから数日後、社会党の分裂は決定的になり、その方向性は見えてこない。堂本さんが会派離脱の届けを出した日、地元の兵庫県に戻っていた土井たか子衆議院議員から「もう決心したのでしょう。だったら、がんばってね」と電話があったという。

永田町日記に寄せられる200通のメール堂本さんにパソコン通信の手ごたえを聞いてみた。「反響の大きさにびっくりしています。『政治家がパソコン通信にきてくれて嬉しい。永田町が身近に感じられる』というのが最初の反応でした。永田町という雲の上から、国会議員が降りてきたのではなく、パソコン通信でつながっているひとりひとり。

政治家はつい相手を説得したいと考えがちですが、パソコン通信にはそれがない。相手が私を選ぶ。とても不思議なメディアだと思いました」そのメリットについては、「新聞よりも早く情報が伝わる。これまで無機的だと思っていたコンピュータが血の通ったぬくもりを伝えてくれる。永田町の壁がなくなるんですね」と話す。

日記を読む人は毎日200〜300人。堂本さんへのメールは200通を超えた。ほとんどが好意的な内容というが、なかにはこんなかなり辛口のものもある。「比例区で当選した以上、社会党に投票してくれた人のお蔭で議員になっているのだから、社会党を離れるなら議員も辞めるべきなのでは」これに対して、堂本さんは「まったく正論だと思います」と認めつつ、これから手がけたい政治への思いを日記に書いた。

「ソックス」の鳴き声も聞けるホワイトハウスのインターネットパソコン通信人口は260万人にのぼるといわれている。だが、政治家がパソコン通信で双方向のコミュニケションを模索するケースはかなり珍しい。

お年寄りの多い政治家たちがパソコンのキーを叩く姿は想像しにくい。(堂本さんも、キーを打つのは秘書。口頭で話したことやメモ書きを入力してもらっている)政治とパソコン通信の急接近。いったいどんなメリットがあるのか?

クリントン大統領を始め、かなりの政治家がパソコン通信を利用しているアメリカの現状を見ることにしよう。まず、インターネットを使い、ホワイトハウスにアクセスしてみた。「ウエルカム・トゥ・ザ・ボワイトハウス」と画面が出る。報道用の発表資料、政府関係機関の求人情報など多彩なメニューがある。

「ザ・ファースト・ファミリー」を選んでみた。クリントン一家の写真が現れる。飼い猫の「ソックス」の写真をクリックする「ニャー」という鳴き声が……。パソコン上でホワイトハウスを訪れた気分になる。

情報提供だけでなく、ホワイトハウスを身近に感じてもらう狙いがあるようだ。電子ネットワークに詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの助教授・山内康英さんは、「クリントンに限らず、今や政治家にとって電子ネットワークは無視できない存在になっている。

上院も下院も、かなりの議員がインターネット上で名前とアドレスをオープンにして国民との対話をしている」と話す。この他にも、いつ、どんな委員会が開かれるかというお知らせや会議録を通信で見られるサービスもある。また、昨年の中間選挙では多くの侯補者たちは独自のサイト(発信団体)を開き、通信上で政策を訴えた。

山内さんのもとには日本の政治家からも問い合わせが増えているという。近い将来、日本でもパソコン通信を使って政治家と対話したり、誰に投票するか決めるといったことが実現するのだろうか?首相官邸は昨年7月、インターネットに情報提供を始めた。

内閣官房では「官邸がリーダーシップをとって行政の情報公開を進めたいと思い、スタートしました」と話す。一日平均2千件のアクセスがあるという。また、電子メールも一日数十通ほど届く。

「総理がんぱれ、という激励から、もっと通信料金を下げてほしいというものまでさまざま。一般の投書との違いは、組織を代表したものではなく個人の立場からの意見が多い点です」(内閣官房)アクセスすると村山首相の顔写真と首相官邸が現れる。

メニューは、年頭所感、自由で活力ある経済社会の創造、安心して暮らせるやさしい社会の創造……。ホワイトハウスと比べると、内容も文面も堅く読みにくい。今のところ3月までと期間を区切っての「実験」段階だ。内容の充実やメールへの返事も「スタッフが足らず、なかなか対応できない」とか。

本格的な情報公開や政策に生かせるようになるまでには時問がかかりそうだ。パソコン通信が政治家を市民に近づける?パソコン通信と政治。そこになんらかのつながりを見つけるとしたら、「市民とともに歩む政治」にプラスになるかどうかだろう。政治家は国会ではあいまいな答弁で逃げることができるが、パソコン通信ではそうはいかない。

メッセージを発すればリアルタイムで応答が返ってくる。そして、また答えることを求められる。辛口のメールを受け取った堂本さんが、それに対する答えをまた書いたようにだ。

そこに虚があったり、つまらなければ読む人は減るだけだし上下関係がないから、政治家は望むと望まざるとにかかわらず謙虚にならざるを得ない。国会や議会でなにが話し合われ、なにが決まり、その政治家がどんな発言をしたのかもわかる。

政治家はこれまでのように簡単に公約を破れなくなるかも知れない。どんなことを考え、なにをしているのか日頃からチェックされていれば、選挙の時だけ美辞麗句を言っても信頼されなくなる。もっとも、言棄だけ美しく並べられたらわからないが。

こうしたことは、なにもパソコン通信を使わなくても、ごくごく当たり前のことなのかも知れない。だが、現実の政治はそれほどまでに我々の目からは見えにくくなっている。

18日、堂本さんは地震で亡くなった人への思いを書いた。やはり、地震のことに触れたメールがたくさんきたという。同じこの瞬間を生きているという思い。パソコン通信を通じて、それを確認し続けることができれば、政治は市民に近づくことができるかも知れない。