健康と生活リズム
かめない子がふえている 母乳と下あごの運動の関係
1983年11月
堂本暁子


ベビーホテルの取材をしているときから、かむのがへたな子どもたちのことが気になっていました。

でも、かめない子どもは、例外的な存在なのだろう、と思っていました。ところが最近になって、認可保育園の保母さんたちからも、「かまない子ども、かめない子どもがふえている」と聞かされて、私はとても驚きました。

かまないで、どうして食ぺられるのだろうか。栄養失調になってしまわないのだろうか。疑問をいだくと同時に実態が知りたいと思いました。そこで、関東地区の保育園460ヵ所を対象に調査を実施したところ、1歳から5歳までの園児の1.3%、つまり、少なくとも100人に1人以上の割合で、「固いものがかめない子ども」がいることがわかりました。

予想をはるかに上回る数字です。調査をしてみたら

(1)
かんだり、飲んだりするのがへたな子どもが100人に1人以上いることがわかりました。100人に1人以上の病気といえば、たいへん多い部類にはいるそうです。

しかし、ここで大事なのは、咀しゃく力の弱さは病気ではなく、人間のもっとも大事な機能であり、本来、限りなく“ゼロ”に近くなければいけないことです。もう一つ、口の機能は相互に関連しているので、かめないだけでなく、飲み込み、息の仕方、話し方などにも影響してくる点です。

かめないために飲み込めない、逆にかめないために大きいまま飲み込んでしまうケースなどがあります。とくに、かまずに飲み込む子どもは食べる量がふえ、肥満につながります。

(2)
3才児以上にもいるかめない手ども1歳児の場合には、個人差もあり、かむのがへたな子どもが多いのは当然でしょう。しかし、咀しゃく力が急速に発達するのは4、5ヵ月から1歳半ぐらいのあいだで、それ以後は、かむ能力をつけるのが次第にむずかしくなります。

つまり、咀しゃく力の基礎は、乳歯が生えそろう3歳までに固まるのです。調査の結果、気になったのは、年齢が高くなるに従ってかむのがへたな子どもが減っているとはいえ、やはりなんらかのかたちで咀しゃくに問題のある子どもが、およそ1%、100人に1人ぐらいいることです。

(3)
都会と農漁村で差があるのでしようか。関東地区を見る限りでは、東京都、そしてベッド・タウンのある千葉県、神奈川県に“咀しゃくに問題のある子ども”が多発していました。しかし、同じ千葉県でも農漁村はあり、埼玉県にもベッド・タウン地区はあるので一概に結論は出せません。

しかし、生活時間、食事環境、家族の形態との関連などいろいろな原因が考えられるので、現在、全国調査を実施しています。地域差、生活環境の差については、全国調査の結果からご報告したいと思います。

赤ちゃんががめるようになるまで

(1)
大事な下アゴの発達人間の赤ちゃんは、生まれたときから、おっぱいを吸うカはあっても、かむ能力はないので、かむ力は、生後1年半ぐらいのあいだに習得し、発達するのだそうです。生まれたての赤ちゃんは、下アゴが上アゴより奥に引っ込んでいることに気がつきましたか。

どの赤ちゃんも丸顔なのはそのためです。かめるようになるためには、この下アゴが発達して上アゴと同じ大きさになる必要があります。母乳を飲むときに、この下アゴを上下に動かしてお母さんの乳くびを押しながらおっぱいを飲みます。

小児科医によると、この運動が下アゴの発達の最初のきっかけなのだそうです。母乳は栄養価やスキンシップだけでなく、赤ちゃんは全身の力をふりしぼっておっぱいを飲むので、かんだり、飲んだり、話したりする口の機能を発達させる大事な役割をはたします。哺乳びんの場合は、吸うだけで飲めるので、あまり下アゴの運動にはなりません。

かむトレーニングとしての離乳食

(2)
4、5ヵ月になると、急速にかむ能力は発達しはじめます。おっぱいやミルク以外に、おもゆやスープ、ジュースなど、ドロドロしたものをゴックンと飲み込むことから覚えます。

6、7ヵ月になると、舌も動くようになり、やわらかいものを舌でつぶして食べられるようになり、かむリズムがでてきます。ゴックン、モグモグ、カミカミと、赤ちゃんたちはどんどんかむのが上手になるわけですが、この時期に少しずつやわらかいものから固いものへ、小さいものから大きめのものへと離乳食を食べさせてあげないと、赤ちゃんはかむ練習ができないわけです。

離乳食は栄養満点でも、かむトレーニングにならなければ落第。下アゴが十分に発達しないと、1歳になってかわいい前歯が生えてきてもきちんと合わず、いわゆる不正咬合になり、かめない、かむのがへたな子どもになってしまいます。

なぜ、かむ力が弱くなってきたのか

(1)
やわらか指向の加工食品子どもに人気のあるメニューは、カレー、ハンバーグ、めん類と、かみやすく、飲み込みやすい食べものが並びます。ステーキや焼き肉よりハンバーグのほうがやわらかいのはもちろんですが、さらに、お母さんの手づくりのハンバーグより、加工された調理済みハンバーグのほうがはるかにやわらかいのです。

検査の結果、加工ハンバーグは、かむのに必要なエネルギーが、手づくりハンバーグよりはるかに少なくなっていました。

(2)
食べる意欲、空腹感のない時代「子どもが食べないので困ります」という電話が育児相談には多いそうです。なぜ、赤ちゃんの食欲がないのでしょう。食欲はかむ意欲にもつながります。ところが赤ちゃんのお腹がすかなくても、育児書どおりの量を定まった時間に食べさせるので、赤ちゃんは食べものへの興味、食べる意欲を失ってしまう場合があるそうです。

育児書より赤ちゃんの表情に現われたお腹のすき方や要求を信用して、食べる意欲につながる健康な空腹感を赤ちゃんには経験させてあげることが大事です。

かむ力の発達は、言葉はもちろん、脳の発達、そして性格の形成にも影響を与えます。健康にかめることは、積極性、主体性につながります。そして人類は、その長い歴史のなかで、自然にかむ力のみならず、抽象的な意味でも咀しゃくする力、創造する力を培い、身につけてきました。

そのかむ能力を身につけることが狂いはじめたらたいへんです。ものが豊富な現代は、一方で利潤追及に目のくらんだ時代でもあるのではないでしょうか。