明治150年、そして今思うこと。 |
2018年11月1日 |
みなさまこんにちは。堂本暁子です。ご無沙汰いたしております。 最近はあまり講演をしないのですが、先月は10月28日(日)に、七夕まつりで有名な千葉県の茂原市で「男女共同参画と我が人生〜戦前・戦中・戦後を生きて」という、いささか大げさなタイトルで話をしました。 今年は明治150年。茂原の郷土博物館の展示で私がとても興味を持ったのは、明治〜大正時代に市内を通った最初の鉄道の写真でした。なんと人が車両を押す「人車」で、シルクハットをかぶった洋装の男性が窓のなかには見え、大きくはないのですが、10人ぐらいは乗れそうな車両を制服姿の職員が押しているのです。 たまたま、講演の3日前の25日に、私は兵庫県の明石市に仕事で日帰り出張をしました。片道4時間。一昔前なら1泊するところです。150年の間、これでもか、これでもかとスピードを追求し、リニアモーターカーは東京・名古屋間を1時間で結ぶとのことですが、人間の身体のリズムとかけ離れてきている、と感じます。 朝日新聞社を50歳で退職し、アフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんの「超節電生活」の話を聞きました。掃除機、洗濯機、電子レンジぐらいはわかるのですが、冷蔵庫も持たない、食材は使い切る量しか買わない、余った野菜は日干しにする、電気代は月200円が目標と聞き、驚きました。 よくよく考えてみると、戦前はもちろんのこと、戦後もしばらくは我が家にも冷蔵庫はありませんでした。戦時中、信州の疎開先では家の裏の小川が冷蔵庫でした。春は山菜を取り、さつま芋の茎まで食べ、実に粗食でしたが、自然に近い生活。不便でしたが、自然の豊かさを享受しました。 1932年にアメリカで生まれ、現在までの86年の人生を振り返りながら、ある種、文明論のような話をしました。 |
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